東京地方裁判所 昭和63年(行ウ)191号 判決 1992年10月27日
原告 シルバー精工株式会社
被告 東村山税務署長
主文
一 本件訴えのうち、被告が昭和六〇年六月二九日付けで原告に対してした昭和五八年一二月分及び昭和五九年四月分の源泉徴収による所得税の各納税の告知中、納付すべき税額一七五三万二〇〇〇円に係る部分の取消しを求める訴えの部分を却下する。
二 前項の各納税の告知のうちその余の部分及び被告が昭和六〇年六月二九日付けで原告に対してした各不納付加算税賦課決定を取り消す。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和六〇年六月二九日付けで原告に対してした昭和五八年一二月分及び昭和五九年四月分の源泉徴収による所得税の各納税の告知及び各不納付加算税賦課決定を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 原告が昭和五八年一二月分及び昭和五九年四月分の国内源泉所得につき支払をする者として負う右所得についての所得税(以下「本件各所得税」という。)の徴収納付義務について、被告がした納税の告知(以下「本件各納税告知」という。)及び不納付加算税賦課決定(以下「本件各賦課決定」という。)並びに原告のした不服申立て及びこれに対する応答の経緯は、別表記載のとおりである(以下、昭和五八年一二月及び昭和五九年四月の各国内源泉所得とされる金員をそれぞれ「昭和五八年一二月支払分」、「昭和五九年四月支払分」という。)。
2 原告は、本件各納税告知及び本件各賦課決定に不服があるから、その取消しを求める。
3(一) なお、原告は、本件各所得税を納付したが、そのうち合計一七五三万二〇〇〇円については以下のとおり還付を受けている。
(二) すなわち、租税条約の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律(以下「特例法」という。)三条一項によれば、相手国の居住者(同法二条二号)が支払を受ける、租税条約(同条一号)に規定する使用料で所得税法の施行地にその源泉があり、かつ、限度税率(特例法二条三号)を定める当該租税条約の規定の適用があるものに対する所得税法二一三条一項の適用については、当該限度税率がその使用料に適用される右規定の定める税率以上である場合を除き、右規定に定める税率に代えて、当該租税条約において使用料につきそれぞれ定める限度税率によるものとされ、相手国の居住者が支払を受ける右使用料につき特例法三条一項の適用を受けようとする場合には、その使用料に係る源泉徴収義務者ごとに所定の事項を記載した届出書を、右源泉徴収義務者を経由して、源泉徴収義務者の納税地の所轄税務署長に提出しなければならないものとされている(租税条約の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令二条一項)。
しかるところ、本件各所得税についての国内源泉所得である使用料に適用される租税条約である「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国とアメリカ合衆国との間の条約」(以下「日米租税条約」という。)一四条(2)によれば、同条約一四条(3)所定の使用料に対する限度税率は一〇パーセントとされているから、右使用料に対する所得税法二一三条一項の適用については、同項一号の定める税率(一〇〇分の二〇)に代えて、右の一〇パーセントの税率によることとなる。
右使用料は、同条約一四条(3)所定の使用料に当たるから、これに対する所得税法二一三条一項の適用については、同項の定める税率(一〇〇分の二〇)に代えて、右の一〇パーセントの税率によることとなるところ、右使用料の支払を受ける相手国の居住者であるアメリカ合衆国(以下「米国」という。)に本社を置く法人キューム・コーポレーション(以下「キューム」という。)は、昭和六〇年一〇月三日原告を経由して被告に対し、右省令二条一項所定の届出書を提出したから、本件各所得税の額は、本件使用料の額に一〇パーセントを乗じた金額とされることとなった。
原告は、右の昭和五八年一二月支払分につき一八八二万八〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき一六二三万六〇〇〇円の各税額を納付していたので、これから特例法三条二項の適用を受けるに至った本件各所得税の税額(右(2)の右使用料の額にそれぞれ一〇パーセントを乗じた金額、昭和五八年一二月支払分につき九四一万四〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき八一一万八〇〇〇円)を控除した金額(昭和五八年一二月支払分につき九四一万四〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき八一一万八〇〇〇円)を還付された。
二 請求の原因に対する被告の認否
請求の原因1及び3の各事実は認める。
三 抗弁
1 本件各納税告知の適法性
(一) 所得税法によれば、国内において業務を行う者から受ける工業所有権その他の技術に関する権利、特別の技術による生産方式若しくはこれらに準ずるものの使用料又はその譲渡による対価で、当該業務に係るものは同法第三編における国内源泉所得とされているが(同法一六一条七号イ)、日本国が締結した所得に対する租税に関する二重課税防止のための条約において国内源泉所得につき同条と異なる定めがある場合には、その条約の適用を受ける者については、同条の規定にかかわらず、国内源泉所得はその異なる定めがある限りにおいて、その条約に定めるところによるものとされている(同法一六二条前段)。しかして、右のわが国が締結した所得に対する租税に関する二重課税防止のための条約である日米租税条約は、一方の締約国(米国)の居住者が他方の締約国(我が国)内の源泉から取得する使用料に対しては、我が国も租税を課することができる旨を定める(同条約一四条(1))とともに、同条(3)(a)に掲げる財産等に対する使用料は、当該財産等の一方の締約国内における使用又は使用の権利につき当該使用料が支払われる場合に限り、当該一方の締約国内の源泉から生じる所得として取り扱う旨を定める(同条約六条(3))。また、同条約一四条(3)によれば、同条にいう使用料とは、「文学上、美術上若しくは学術上の著作物、映画フィルム若しくはラジオ放送用若しくはテレビジョン放送用のフィルム若しくはテープの著作権、特許権、意匠、模型、図面、秘密工程、秘密方式、商標権その他これらに類する財産若しくは権利、ノウ・ハウ又は船舶若しくは航空機の使用又は使用の権利の対価としてのすべての種類の支払金」等を指すものとされている。
日米租税条約の右各規定によれば、同条約六条(3)は、使用料の根源となる財産又は権利の使用地を所得源泉地とする、いわゆる使用地主義を採っている点において所得税法一六一条と同一であり、また、同条約一四条(3)は、同法一六一条七号イ所定の権利等の細目を定めるに過ぎないと解されるから、同条約は、単に所得税法の取扱いを確認するものであり、これと異なる定めをするものではないというべきである。
そうすると、米国の居住者に係る所得税法一六一条七号イ所定の国内源泉所得に対しては、所得税法一六一条に従って源泉所得税が課せられることとなる。
(二) 以下のとおり、原告は、キュームに対して所得税法一六一条七号イ所定の国内源泉所得に当たる使用料を支払ったものであるから、これに係る源泉所得税(本件各所得税)の徴収納付義務を負う。
(1) 原告は、昭和五七年一一月一七日キュームとの間で、概略以下の約定からなる契約(以下「本件契約」という。)を締結し、これに基づき、同社に対し、昭和五八年一二月四〇万米国ドル(昭和五八年一二月支払分)を、昭和五九年四月三六万米国ドル(昭和五九年四月支払分)をそれぞれ支払った(以下、右各金員を併せて「本件金員」という。)。
ア キュームは、本件契約の発効日(キュームが契約書に署名した日又は原告が我が国政府の許可取得後に契約書に署名した日のいずれか遅い日とされるが、昭和五八年一一月一七日より遅くなってはならないとされる。同契約一条(h))を開始日とし、同契約に定めるロイヤルティの支払を条件として、原告及びその関連会社(同契約の当事者によって支配される会社その他の企業をいう。同条(g))に対し、許諾特許(特許証番号四一一八一二九番の米国特許及びその継続、一部継続、分割、再発行及び延長をいう。同条(a)。以下「本件米国特許権」ともいう。)に基づき、シルバー精工インパクト装置(シルバー精工ロータリー・ホイール・インパクト・プリンター及びシルバー精工タイプライターをいう。同条(b)。以下「本件装置」という。)を世界中で製造し、又は製造させ、かつ、<1>シルバー精工ロータリー・ホイール・インパクト・プリンター(合計五〇万台、同条(c))及び<2>シルバー精工タイプライター(台数の制限はない。同条(d))を、直接に、又は間接に、米国において使用し、リースし、又は販売する非専属的かつ限定的権利を許諾する(同契約二条)。
イ キュームは、自ら、兼ねてその関連会社を代理して、発効日以前に発生した許諾特許の侵害についてのあらゆる損害賠償から、原告及びその関連会社並びにそれらの販売代理店、ディーラー、代理人及び顧客を免責し、かつ永久に義務を免除し、また、発効日以前に本件装置が米国へ輸出され、又は同国内において製造され、使用され、若しくは販売されたことを理由として、いかなる行政上又は司法上の争訟をも提起しないことに同意する(同契約四条)。
ウ キューム及びその関連会社は、その所有し、又は支配し、かつ、本件装置の製造、使用又は販売のために昭和六三年一一月一七日以前に出願したあらゆる国における特許(ただし、本件米国特許権を除く)について原告及びその関連会社並びにそれらの販売代理店、ディーラー、代理人及び顧客に対し、何らの主張をしないことを確約する。右の約定は、本件米国特許権の外国における対応特許権についても及ぶものとする(同契約五条(a))。
右各約定によれば、原告は、本件金員の支払により、米国内における使用、リース及び販売のほか、全世界において本件装置を製造する権利を取得し、更に、本件契約以前に発生したキュームのすべての請求権から免責され、また、同社が各国に有する権利を主張されないこととされるなどの権利利益を取得したものであり、本件金員は、これらの権利利益のすべての対価であるというべきである。
(2)ア ところで、一般に特許権の実施とは、物の生産から最終消費に至るまでの製造、使用、販売等の各段階における特許発明の使用行為であるとされているが(特許法二条三項)、特許権の大部分は、まず製造段階で特許発明に係る技術を組み込んだ製品が製造されるという形で使用され、次いで販売段階ではそのような技術を組み込んだその製品の他と比較した効用の高さが消費者に訴えるという形で使用されるというように、製造と販売との両段階で使用されるものと考えられる。そして、特許として保護される発明は、本来的には自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいうのであるから(同条一項)、右のような使用の各段階のうち、最も根源的であるとして重要視されるべきは、技術を使用して新たな付加価値を創出する製造の段階であり、他方、製品を販売することはその後に生ずる第二次的な使用に過ぎないものというべきである。
したがって、特許権使用の対価であるロイヤルティも、実質的には右特許使用の根源的段階である製造に着目して算定されているものと解すべく、その金額が販売数量を基礎として算出されている場合であってもその理に変わりはないものというべきである。そうすると、我が国において右特許権又はその対応特許権若しくはこれに準ずる権利が成立しており、かかる権利が製造段階で使用された場合においては、権利者の我が国内における源泉が使用されたものというべく、その使用の対価の額に相当する所得税法一六一条七号イ所定の国内源泉所得が発生することとなる。
イ しかして、キュームは、我が国において、本件米国特許権に係る対応特許について、昭和五〇年七月一日特許出願(特願昭五〇―八一三五八)をしたところ、右特許出願について、昭和五一年三月三日出願公開(特開昭五一―二五九三一、これによって発生する権利を「本件出願権」という。)が、昭和五九年九月一三日出願公告(特公昭五九―三八一一四)が、昭和六三年一月一四日特許権設定の登録(特許番号一四二〇一八九)が、それぞれ行われ特許権が発生した。
ウ 出願公開があった特許出願人には仮保護の権利としての補償金請求権が認められること(特許法六五条の三)、出願公告があった特許出願人は業としてその特許出願に係る発明の実施をする権利を専有すること(同法五二条一項)、特許権者は業としてその特許発明の実施をする権利を専有すること(同法六八条)等の同法の規定に照らしてみると、右イのとおり、本件出願権は、本件契約締結当時既に出願公開によって発生しており、本件契約締結後間もなく出願公告がされ、続いて設定の登録がされて特許権が発生したのであるから、原告は、本件金員を支払うことによって、キュームの有する本件米国特許権に係る全世界の対応特許権及び我が国における本件出願権等を使用して製品を製造することが可能になったのであり、したがって、本件金員は、我が国内におけるキュームの権利である本件出願権等の、製造という形による使用の対価というべきこととなる。
(3) そうであるとすれば、本件金員は、いずれも国内において業務を行う者から受ける工業所有権その他の技術に関する権利の使用料(所得税法一六一条七号イ)に当たるから、キュームの国内源泉所得であり、原告はこれに係る所得税(本件各所得税)を徴収納付する義務を負う。
(三) そうすると、原告は、所得税法二一二条一項、二一三条一項により、本件各金員の支払に際し、その各金額を所得税法基本通達二一三―一二イに従ってそれぞれ邦貨に換算した額(昭和五八年一二月支払分につき九四一四万円、昭和五九年四月支払分につき八一一八万円)に一〇〇分の二〇の割合をそれぞれ乗じた金額(昭和五八年一二月支払分につき一八八二万八〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき一六二三万六〇〇〇円)の所得税を徴収し、昭和五八年一二月支払分に係る所得税については昭和五九年一月一〇日までに、同年四月支払分に係る所得税については同年五月一〇日までに、これらを国に納付しなければならない。
しかし、被告は、原告が本件各所得税を右各法定納期限までに納付しなかったので、同法二一一条、国税通則法三六条一項二号に基づき本件各納税告知をしたものであるから、本件各納税告知は適法である。
2 本件各賦課決定の適法性
右1(三)のとおり原告は本件各所得税をその各法定納期限までに納付しなかったから、国税通則法(昭和六二年法律第九六号による改正前のもの)六七条一項により本件各所得税額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数金額を切り捨てた金額、昭和五八年一二月支払分につき一八八二万円、昭和五九年四月支払分につき一六二三万円)に一〇〇分の一〇の割合をそれぞれ乗じて計算した金額に相当する各不納付加算税(昭和五八年一二月支払分につき一八八万二〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき一六二万三〇〇〇円)を賦課した本件各賦課決定は適法である。
二 抗弁に対する原告の認否
1(一) 抗弁1(本件各納税告知の適法性)(一)は認める。
(二) 同(二)柱書の主張は争う。
(1) 同(1)の事実中、本件金員が本件契約上発生するすべての権利利益の対価であるとの点は否認し、その余は認める。
(2) 同(2)のうち、イの事実は認め、ア及びウの主張は争う。
(3) 同(3)の主張は争う。
(三) 同(三)の事実中、原告が本件各所得税をその各法定納期限までに納付しなかったことは認める。主張は争う。
2 同2(本件各賦課決定の適法性)は争う。
三 原告の主張
1(一) 原告を含む、我が国の多数のタイプライター、プリンター製造業者は、一九八〇年(昭和五五年)ころから米国市場において低価格高品質のプリンターの販売を拡大したため、それまで同国における有力なプリンター製造業者の一であったキュームは、プリンターの販売高が激減し、その損益は赤字に転じた。我が国の業者に米国市場におけるシェアを完全に奪われかねないと懸念したキュームは、一九八三年(昭和五八年)三月米国国際貿易委員会(以下「ITC」という。)に、右業者のプリンター製品の同国への輸入、販売は本件米国特許権を侵害するものであるから、右輸入は不公正な競争であり、同国国内の産業に実質的な損害を与えていると主張して、同国関税法三三七条に基づき、我が国同業他社等に対し右プリンター製品の輸入の差止めを求める訴えを提起し、更に、同年六月原告ほか二社に対して、同旨の訴え(以下「本件ITC訴訟」という。)を提起した。
キュームは、右訴訟において原告に対し和解による解決を申し入れてきた。原告は、右訴訟が純粋な特許訴訟であるならば十分に勝算があると信じていたが、ITCにおける訴訟手続は、純粋な特許訴訟のそれとは異なり、米国行政手続法の定めに従い、きわめて短い期間内に答弁書を提出し、証拠を開示することを求められる一方、ITCは、調査開始から原則として一二か月以内に(事案複雑の場合にあっては一八か月以内に)調査を完了し、決定をすることとされているものであり、手続が右よりも長引いた場合には、米国弁護士に対し莫大な額の報酬及び費用の支払を余儀なくされることが予想された。また、ITCにおける訴訟では、申立ての当否は米国の産業に対する影響等を考慮して判断され、更に、同国大統領による政策的な判断がこれに働く余地もあって、右訴訟は政治的色彩のきわめて濃厚なものであった。しかも、当時はいわゆる日米貿易摩擦の激化にともない、我が国のメーカーの米国市場からの締出しを狙ったITCへの訴訟提起が相次いでおり、ITCにおける公平な判断は期待できない情勢にあった。他方、原告が米国に輸出していたプリンターはその社運を賭した大型商品というべきものであったため、原告が万一本件ITC訴訟に敗訴して右製品の米国への輸入が差し止められる事態となれば、原告は、きわめて大きな影響を被るものと判断した。また、我が国の他の業者も、強硬にキュームとの和解を拒否する者は殆どなく、ひとり原告のみがこれを拒否する合理的理由はなかった。
原告は、右のような事情を考慮し、それ以上の費用の負担と敗訴の危険を避けるためキュームの和解申入れを受け入れることとし、同年一一月一七日本件契約を締結し、これに基づき本件金員を支払った。
(二) 以上の経緯によって明らかなとおり、本件契約は、原告のプリンター及びタイプライターの米国への輸入及び同国内における販売をめぐり、原告・キューム間において本件米国特許権に関する紛争が発生したところから、キュームは原告に対し本件米国特許権の過去及び将来の侵害の差止め並びに右侵害による損害賠償を求める訴訟を提起しないことを約し、原告がキュームに対し本件米国特許権の過去及び将来の使用についての対価を支払うことを約し、もって、右紛争を解決するということを趣旨とするものである。
(三) 本件金員の合計額は、七六万米国ドルとなるところ、本件契約六条(b)によれば、そのうち五七万米国ドルは、米国内における販売数量を基礎として算出された、同条(c)の定める将来の本件米国特許権の実施に対するランニングロイヤルティの前払であり、その余の一九万米国ドルは、同契約前文C、六条(a)の約定と、その額が原告による米国内における許諾製品の過去の販売数量に基づいて決定されたこと、同契約が本件米国特許権に関する非独占的ライセンス契約であること、これがライセンス契約締結の際に支払われる、いわゆるイニシャルフィーであることとを併せてみれば、本件米国特許に対する過去の侵害に係る分の損害賠償の性質を有するものというべきである。
2 被告は、本件契約五条(a)を根拠に、本件金員をもって本件出願権使用の対価である旨主張する。しかしながら、以下のとおり、右主張は失当である。
(一) 契約において、同項のような特許権非主張の約定が、相互にされた場合においては、その相互の合意が対価関係に立つものと解すべきである。しかして、本件契約においては、原告もキューム及びその関連会社に対し全く同様の特許権非主張を約しているものであり(同条(b))、その趣旨は、原告・キューム間の紛争は本件米国特許権の使用に端を発したものであるが、同契約による紛争解決をきっかけとして、原告又はキュームが有し、又は有すべき特許につき、相互に、許諾製品であるプリンター等の製造、使用又は販売に関する主張をせず、平和的に右製品に係る事業を営むこととするというものである。したがって、同条(b)の約定が、右の同条(a)の約定と対価関係に立つものというべく、本件金員が右約定と対価関係にあり、本件出願権使用の対価であるとする右主張は失当である。本件契約において本件金員が支払われた場合に特許の相互非主張の条項は契約終了にもかかわらず存続するものと定められたのは、原告は本件金員を支払うことにより、また、キュームは本件金員にカバーされるライセンスを付与することにより、本件契約に基づく重要な義務を履行したと評価できるので、これが履行されたときは本件契約の終了にもかかわらず特許の相互非主張の条項を存続させることとしたものに過ぎない。
(二) 以下のことに、右1(一)の本件契約に至る経緯、同(二)の本件契約の趣旨及び同(三)の本件金員の算出根拠を併せ考えれば、本件金員が、本件米国特許権を、製品の米国への輸入及び同国内における販売という形で使用することの対価であることは明らかであるから、これを本件米国特許権の外国における対応特許権の非主張という利益の対価であるということはできない。
(1) 本件契約二条が原告に実施を許諾した対象は、「許諾特許」であり、これは、同契約一条(a)によって本件米国特許権と定義されているから、右許諾の対象は本件米国特許権に限られる。
ライセンス契約の実務上は、米国の特許権に対応する外国特許権があり、米国特許権に加えてこれをも実施権設定の対象とする場合においては、通常これが許諾特許に含まれることを明示した上、米国及び外国における製造、使用又は販売の各権利の許否を地域ごとに約定している。右外国特許権の特許出願又は出願公告の日付及び番号によってこれを特定することもある。しかるに、本件契約は、本件米国特許権の外国における対応特許権について何ら右のような約定や特許権の特定をしていないのであり、これは、同契約による許諾の対象が本件米国特許権に尽きることを示すものである。
(2) 本件契約一一条によれば、本件契約の有効期間は本件米国特許権の存続期間とされている。したがって、その外国における対応特許権が、右期間経過後になお存続している場合に、原告がこれを実施しても、本件契約によって原告に使用料支払義務が発生することはない。
(3) 本件契約一六条によれば、本件米国特許権のクレームが連邦裁判所、仲裁又はITCの決定により無効とされた場合においては、同契約に基づく使用料の支払は減額され、又は停止されるものとされている。これによると、右の場合には、本件米国特許権の外国における対応特許権が有効に存続していても、使用料の支払は減額され、又は停止されることとなる。
しかして、現に、ITCは、一九八五年(昭和六〇年)七月一九日付けで本件米国特許権の第一項クレーム及び第八項クレームが無効である旨の決定をし、右決定は確定したので、原告は、同日以降使用料の支払を停止した。この事実は、当事者である原告及びキュームの意思が、本件契約の文言どおり、本件契約による許諾対象を本件米国特許権に限定し、本件金員をもって専らその対価とするというところにあることの証左である。
(4) 本件契約に基づく使用料支払義務は、製品の米国内への輸入を要件として発生する。同契約六条(a)は、原告が米国内での使用、リース又は販売の目的で同国内へ「輸出かつ輸入」するために販売した製品について使用料を支払うべきことを定めている。同条項の趣旨は、使用料支払義務が発生するためには、米国に対する輸出行為のみならず、同国への輸入手続の存在することが必要であること、いい換えれば、保税取扱いがされているにとどまる製品については未だ右義務は発生しないこと(同条項中「米国外へ積み換えの為に米国内に“保税”で入ったものについてはロイヤルティは発生しないものとする」との部分はこのことを確認したものである。)にある。更に、右の輸出行為と輸入販売行為とがあっても、輸入販売された製品が後に返品された場合には、米国内における販売行為は結果的には存在しないこととなるから、その製品についても使用料は発生しないこととなる(同契約七条は、この理を前提として使用料の控除について定めたものである。)。
また、原告は、米国に向け輸出された本件装置の全数量について、キュームに対し報告をする義務(同契約八条)と記録等を保管する義務(同契約九条)とを負うものとされている。右のとおり、同契約に基づく使用料は、米国への輸出及び輸入がなければ発生しないものとされているから、原告の報告義務及び記録等の保管義務も、右輸出に係る数量に関するものに限定されているのである。
このように、使用料の発生要件に関する本件契約の諸条項からみても、これが本件米国特許権の実施権の対価であることは明らかである。
3 仮に、本件金員が本件契約五条(a)による特許権非主張という利益の対価であるとしても、同項が「any patent」という文言を用いており、「any patent application」とはしていないことや、成立した特許権を有する者はこれにつき権利を主張するのが通常であるが、特許出願中の権利を有するにとどまる者についてはそのようにいい得ないことにかんがみると、そこにおいて主張しないこととされた対象である「特許」及び「対応特許権」は、特許権として成立したものに限られ、特許出願中の権利はこれに当たらないものと解すべきである。したがって、本件契約の文理解釈によれば、特許出願中の権利に過ぎない本件出願権は、右約定にいう「対応特許権」に当たらないから、本件金員をもってその対価であるとすることはできない。
4(一) 仮に、本件金員が同条項による特許権非主張という利益の対価であり、かつ、右にいう特許権に特許出願中の権利が含まれるとしても、以下のとおり、本件契約の条項、当事者の真の意思及び取引の実態に照らせば、本件出願権は、同条項によって主張しないものとされた特許権には含まれていないというべきである。
本件出願権は、本件契約締結当時公告されていなかった以上、これに基づき補償金の請求をすることができないものであり、したがって、キュームは、本件出願権に基づいてはいかなる対価も受領すべき立場になかった。また、本件契約締結に向けた折衝においては、専ら本件米国特許権及び米国内における販売行為が問題となった一方、我が国における対応特許権や製造地については全く議論されなかったのであり、原告は、本件出願権に係る出願の事実すら知らなかった。このように、当時本件出願権はそもそも特許権非主張の約定の対象となり得なかったものである。
被告は、特許の使用のうち根源的なものは製造であるとするが、特許権被許諾者の所得は製品を販売したときに実現するのであり、特許権が侵害された場合に特許権者が損害を被るのは製品が販売されたときであるから、特許の本質は製品を販売するところにあるのであって、被告の立場はその前提において誤っている。そして、被告は、本件契約の経済的実質に即した解釈によれば本件金員は本件出願権に基づく製造権の対価であると解すべきである旨の主張をするが、右の経済的実質という観念は、いわゆる実質課税の原則に基づき、当事者によって選択された異常な法律的形式を修正する基準として承認されているものであり、また、租税法規も私的自治の原則の上に立っているのであるから、その適用は、特段の規定がない限り当事者の設定した法律関係に基づいてされなくてはならないというべきである。そこで、本件契約の法律的形式について検討すると、その前文F、一条(a)、二条、六条(a)、(b)等の諸条項によれば、本件金員が本件米国特許権の米国内における使用に対するものであって、わが国における本件出願権の使用に対するものでないことは明らかであり、しかも、右各条項は、右1(一)の本件契約締結に至る経緯にかんがみると当事者の真の意思に合致するものである。したがって、本件契約の法律的形式は何ら異常なものではなく、むしろ当事者の意思を反映したものというべきであり、かかる本件契約に対して、課税庁である被告が経済的実質という曖昧な観念によって当事者の真意と異なる法律的形式を押し付けることは租税法律主義に違反するものである。
(二) 特許法六五条の三によれば、出願公開のされた特許出願の出願人が補償金の支払の請求をするには右特許出願に係る発明の内容を記載した書面を提示して警告をすることを要するものとされているところ、その趣旨は、出願公開は未だ審査を経ていない特許出願についてされ、しかもその件数も厖大であってその掲載される特許公報をことごとく調査することを第三者に義務付けるのは適当でないから、出願公開がされ、これが特許公報に掲載されたということのみによっては、第三者が出願公開のされた特許出願に係る発明であることを知っているものと推定することはできないという点にある。
したがって、被告の主張するように、本件出願権につき出願公開がされたからといって、原告がその存在を知っていたと擬制することは、右規定の趣旨に反し、相当でない。
5 仮に、本件金員が同条(a)による特許権非主張という利益の対価であり、かつ、右にいう特許権に特許出願中の権利が含まれるとしても、以下のとおり、本件出願権は、本件米国特許権の対応特許には当たらないものというべきである。
(一) 本件米国特許権の特許請求の範囲は、第一項クレームないし第一四項クレームによって構成され、そのうち、第一項、第八項及び第一一項の各クレームが独立クレームであり、第二項ないし第七項の各クレームは第一項クレームの、第九項及び第一〇項の各クレームは第八項クレームの、第一二項ないし第一四項の各クレームは第一一項クレームの、それぞれ従属クレームである。
本件契約六条(d)によれば、原告は、その将来製造する本件装置が、本件米国特許権の第一項クレーム若しくは第八項クレーム又は第一一項クレーム(あるいは第八項クレーム及び第一一項クレームの双方)のいずれか一方を侵害する場合においては、原告は、プリンターについてはその正味販売価格の二パーセントの、タイプライターについては、本件契約の発効日から三年間にあってはその正味販売価格の一・二五パーセントの、右の日から三年を超えた後にあっては一パーセントの使用料を支払い、第一項クレーム及び第八項クレーム又は第一一項クレーム(あるいは第八項クレーム及び第一一項クレームの双方)の双方を侵害する場合においては、プリンターについてはその正味販売価格の三パーセントの、タイプライターについてはその正味販売価格の二パーセントの使用料を支払うものとされている。右約定によれば、本件契約に基づく使用料は、本件米国特許権の第一項クレームと第八項クレーム又は(及び)第一一項クレームとの侵害に対して発生するものとされていることとなる。
他方、同契約一六条によれば、本件米国特許権の第一項クレーム又は第八項クレームの一方が無効とされた場合においては、同契約に基づく右の使用料は減額され、右各クレームの双方が無効とされた場合においては、右使用料は停止されるものとされている。右条項によれば、右の使用料は、本件米国特許権の第一項クレーム及び第八項クレームの侵害に対して発生するものとされていることとなる。
これらのことからすると、本件契約に基づく右使用料は、本件米国特許権の第一項クレームと第八項クレーム又は(及び)第一一項クレームとを対象とするものと解すべきである(右各条項は、使用料と第八項クレーム及び第一一項クレームとの関係については対応していない。)。
(二) 他方、本件出願権の特許請求の範囲は、一項目のみからなり、概ね本件米国特許権の第八項クレームに対応する。
キュームは、本件出願権のほか、回転ホイール印字システムについて、特許出願をし、本件契約の締結された日(昭和五八年一一月一七日)及び同契約上本件各金員を完済すべき日(昭和五九年四月二日)よりも後である同月一二日に右特許出願に係る出願公開(特開昭五九―六四三七六)がされたところ、その特許請求の範囲は七項からなり、それらは、概ね本件米国特許権の第一項クレーム及びその従属クレームである第二項ないし第七項の各クレームに対応する。本件米国特許権のその余のクレームに対応する我が国における特許出願は確認されていない。
(三) このように、本件契約に基づく右使用料は、本件米国特許権の第一項クレームと第八項クレーム又は(及び)第一一項クレームとを対象とするものである。しかるところ、本件出願権は、右第八項クレームをカバーするものに過ぎない。本件米国特許権の第一項クレームに対応する右特許出願は、本件契約締結当時公開されておらず、したがって仮保護の権利も認められないものであった。また、本件米国特許権の第一一項クレームをカバーする特許権の存在は確認されていない。そうすると、本件出願権は、本件米国特許権のうちの限定された範囲に対応するものに過ぎないから、これをもってその全部の対応特許とすることはできないものというべきである。
(四) 右特許出願は確かに後記被告の反論のとおり本件出願権の分割出願である。しかしながら、特許法七〇条一項は、特許発明の技術的範囲は願書に添附した明細書の特許請求の範囲の記載に基いて定めなければならない旨規定しており、これによれば、特許権の保護の対象とされるのは右記載のされた発明に限られ、明細書の発明の詳細な説明に記載されたに過ぎない発明は保護されないと解される。そして、特許出願権に係る仮保護の権利は、出願公開に伴い特許権に準じて付与されるものであるから、右の理は、特許権のみならず特許出願権についても等しく妥当するものと解される。
しかるところ、右(二)のとおり、本件出願権に係る明細書の特許請求の範囲の記載は、本件米国特許権の第八項クレーム及びその従属クレームに尽きていて、第一項クレームは、これに含まれておらず、ただ右明細書の発明の詳細な説明に記載されているに過ぎないのであるから、本件出願権による保護の対象とはならないこととなる。したがって、昭和五九年四月一二日付け出願公開に係る特許出願が本件出願権の分割出願であるとしても、右明細書の発明の詳細な説明に右第一項クレームに関する記載があるからといって、本件出願権がこれをカバーするものであるとすることはできない。
6(一) 仮に、被告の抗弁1の主張が、本件契約二条を根拠として、本件金員を本件出願権の対価であるとするものであるとしても、同条項によれば、キュームは、原告及びその関連会社に対し、本件米国特許権に基づき、本件装置を世界中で製造し、又は製造させ、かつ、米国内において本件プリンター及び本件タイプライターを使用し、リースし、又は販売する権利を許諾するものとされている。一般に、特許権には、製造権、使用権並びにリース権及び販売権の三種の支分権があるとされているところ、右条項によれば、原告には、右各支分権のうち、使用権並びにリース権及び販売権のみならず、製造権をも包括する実施権が許諾されていることとなる。しかして、原告が米国内における製造権の許諾を受けたのは、将来同国内において本件装置を製造する可能性を考慮したことによるが、そのほかに、米国以外の各国における製造権の許諾についても約定をしたのは、いわゆる地域性の原則によれば、特許権はこれを付与した国の領域内においてのみ効力を有するものとされるが、その例外としてその国の領域外における製造行為が右の国の特許権に対する侵害行為(寄与侵害)とみなされることがあるので、右製造権許諾の効果によって、原告が米国以外の国において本件装置を製造することがそのような本件米国特許権に対する寄与侵害とされることを回避するために過ぎない。
このように、右条項によって原告に世界中における製造権が許諾された趣旨は、専ら、原告が右のような寄与侵害を理由とする請求を受けることがないようにするところにあるから、右条項を根拠として、本件金員を右の世界中における製造権の対価とすることはできない。
(二) また、仮に、被告の抗弁1の主張が、本件契約四条を根拠として、本件金員を本件出願権の対価であるとするものであるとしても、同条項は、その文理及び右の本件契約締結に至る経緯からして、その締結日以前における本件米国特許権の侵害を理由として原告の負うべき責任を免除する旨の約定であることが明らかであり、また、原告による本件出願権又は本件米国特許権の外国における対応特許権の侵害に言及するところがないから、本件金員が本件出願権の対価であるとの被告の主張の根拠とはなり得ない。
四 原告の主張に対する被告の認否及び反論
1 原告の主張1について
原告の主張するように、本件契約の趣旨が、本件米国特許権に関する紛争を解決することにあったとしても、後記のとおり原告は同契約締結当時本件出願権の存在を知っていたものと認められるべきであることにかんがみれば、そのことをもって、本件出願権が同契約五条の定める特許権非主張の対象とされていないことや、本件金員が専ら本件米国特許権使用の対価であることの根拠とすることはできないというべきである。
2 原告の主張2について
(一) 原告は、本件金員のうちランニングロイヤルティの部分の額は米国内における許諾製品の販売数量を基礎として算出されたものであるから、本件金員は本件米国特許権の対価である旨の主張をするが、同契約上、右部分を含め、本件金員は本件ITC訴訟が終了しない場合を除き返還されないものとされていることからすると、右のように米国内における販売数量を基礎とすることはロイヤルティの額の算定の便法に過ぎないとも考えられるから、これをもって、本件金員は本件米国特許権の対価であるとすることはできない。
(二) ITCが一九八五年(昭和六〇年)七月一九日付けで本件米国特許権の第一項クレーム及び第八項クレームが無効である旨の決定をしたことは知らない。
本件契約の実質は、原告が、キュームに対し、本件金員を支払うことにより、全世界において許諾製品を製造する権利を原告が取得すること、米国において許諾製品を販売する等の権利を原告が取得すること、同契約締結以前に発生したすべてのキュームの請求権から原告が免責されること、キュームは原告に対し昭和六三年一一月一七日以前に出願した全世界における特許(本件米国特許権を除く。)及び本件米国特許権の外国における対応特許につき何らの主張もしないこと、原告はキュームに対し同日以前に出願した全世界における特許につき何らの主張もしないことを約定したものであり、原告・キューム間の特許を巡る過去及び将来の紛争を一挙に解決したものとみるべきであるところ、右の実質は、本件金員の支払によって達成されたものというべく、そのことは、本件ITC訴訟が終了し、その後両者の間に特許に関する紛争が起こっていないことからも明らかである。
ところで、本件金員が支払われた場合には本件契約五条の特許権非主張の条項は同契約終了にかかわらず存続するものとされている。これは、本件米国特許権の効力にかかわらず、原告はキュームが昭和六三年一一月一七日以前に出願した本件米国特許権の外国における対応特許についての非主張という原告の権利利益が存続することを意味する。
したがって、本件米国特許権が効力を失ったとしても、原告は、本件出願権を使用して許諾製品を製造するについて何ら対価を支払う必要はなく、このことは、まさに本件契約において本件出願権が使用料支払の対象となっていたことを物語るものというべく、むしろ、本件米国特許権が無効とされたことによって、右の本件米国特許権の外国における対応特許についての非主張という条項が重要な意義を有することが明らかになったものというべきである。
(三) 原告は、本件契約に基づく使用料は、許諾製品の米国への輸入を要件として発生するものとされているから、これは本件米国特許権実施の対価である旨の主張をする。しかし、原告は、我が国において許諾製品を製造しているのであるから、これによって本件米国特許権の対応特許である本件出願権を使用していることとなるのであり、その一方において、原告は右許諾製品が米国において販売されたときに本件米国特許権を使用したこととなる。そうすると、本件金員は、観念的には、製造に係る使用に対する部分(本件出願権が使用されたことによる我が国内の所得源泉)と米国における譲渡、展示又は輸入に係る使用に対する部分(本件米国特許権が使用されたことによる米国内の所得源泉)とを含むものとも解される。しかして、我が国の確立された行政慣行によれば、このような使用の状況に応じた所得源泉地の合理的区分が困難であり、敢えてこれをすれば恣意的な区分とならざるを得ない場合においては、所得源泉の各使用段階のうち、根源的で、かつ最も重要視されるべき製造が行われる地を所得源泉地として取り扱うものとされている。したがって、製造が行われる地において製造に係る使用と米国における譲渡、展示又は輸入に係る使用との双方が行われたものとして取り扱い、本件金員を本件出願権の使用の対価と認定することには合理性があるというべきである。
3 原告の主張3について
本件契約五条(a)により主張しないものとされている特許の範囲は、同条項の文理上「一九八八年一一月一七日以前に出願したあらゆる国における特許(但し、許諾特許は除く。)」とされているから、同条項によれば、本件米国特許権以外の特許であって、あらゆる国における、同日以前に出願され、又は出願されるべき特許につき主張をしないことが約されているものである。右の範囲は同契約締結当時既に成立している特許に限られるとする原告の主張は、右当時偶々本件出願権が特許として成立していなかったことを奇貨として右条項を意図的に限定解釈するものであり、相当でない。
4 原告の主張4について
(一) 原告は、タイプライター、編機等の製造販売を業とする株式会社であり、その業界におけるトップメーカーというべき地位にあり、その株式は東京証券取引所株式第一部に上場されており、その上、我が国に数多くの公告特許を有し、米国においても多数の特許を有している。
(二) 本件米国特許権の侵害を理由とするキュームとの間の紛争には、原告以外の数社も巻き込まれたが、これらの者はいずれも本件出願権の存在を認識していた。
(三) 本件出願権に係る特許出願は本件契約締結当時既に公開されており、公開特許公報によって容易に本件出願権の存在及びその内容を確認することができた。
(四) 特許の出願公開は、特許出願の日から一年六か月を経過した後に公開特許公報にその内容を掲載して、これを一般に周知させるという制度であり、戦後の飛躍的な技術革新により特許出願の件数が激増して審査が大幅に遷延し、出願から公告までに数年を要するような状態となった結果、出願されている特許発明の内容を知り得ないことから、同一発明につき重複した出願がされる等のことが増加し、ひいて企業活動の安定を損ない、国民経済の発展を阻害するに至ったため、かかる弊害を除去することを目的として、昭和四五年に設けられたものである。
(五) 右(一)ないし(三)の事情に、右(四)の出願公開制度の趣旨を併せ考えると、原告は、本件契約締結当時本件出願権の存在及びその内容を知ってしていたものと認めるべきである。
5 原告の主張5について
元来、各国の特許制度は、その国の社会、経済の発展段階や技術水準に応じて千差万別であるから、外国において特許権として成立している発明であっても、我が国においては、右発明の一部が既に特許出願されている等の理由から、外国特許権の一部に対応する特許のみが成立し、その完全な対応特許は成立し得ないということがあり得る。
原告の主張する昭和五九年四月一二日付け出願公開に係る出願権は、出願番号並びに出願及び優先権主張の日をいずれも本件出願権と同じくすることに照らせば、原告のいうようなこれと全く別個の内容の特許ではなく、その一部分が分割出願されたものというべきである。
ところで、特許出願の分割とは、二以上の発明を包含する特許出願(原出願)の一部を一又は二以上の新たな特許出願(分割出願)とすることをいうが(特許法四四条一項)、これをするためには、分割出願に係る発明が原出願の明細書又は図面に開示されていたことを要するものと解されており、いい換えれば、補正によって新しく追加された発明や原出願との関係で要旨変更となるような発明を分割出願の対象とすることはできないと解されるのである。
そうであるとすれば、本件出願権の出願公開に係る明細書による開示には、本件分割出願に対応するクレームを包含していたものとみるべきであるから、本件出願権は、本件米国特許権の第一項クレームをもカバーしていることとなる。そうすると、結局本件出願権は、原告が本件米国特許権の主要クレームであるとする第一項及び第八項の各クレームとの対応関係が認められるものというべきであり、これを本件米国特許権の対応特許とすることは不合理ではない。
6 原告の主張6について
原告は、その米国以外の各国(我が国を含む。)における本件装置の製造は、米国に輸入されることを要件として、本件米国特許権に対する寄与侵害として捉えれば足りるから、本件出願権(及びその後成立したこれに係る特許権)の侵害について本件契約において格別規定を置く必要はない旨の主張をする。しかしながら、本件装置を備える製品のうち、米国へ輸出されるものは一部であり、他は、我が国において販売されるか、又は米国以外の各国へ輸出されることとなる。しかるところ、仮に、本件契約第二条前段及び五条(a)の約定がなければ、キュームは、我が国を含む世界中における本件装置の製造に係る全数量に対し、本件米国特許権の寄与侵害又は本件出願権、本件特許権若しくは対応特許権である外国特許権の直接侵害を理由として、右製造による損害全額の賠償を求めることも可能であるから、右各条項は、キュームのそのような権利のうち、原告への輸出による侵害を理由とする部分を除くその余の部分を放棄する効果を持つものというべく、本件装置の製造のうち本件米国特許権の寄与侵害という構成によってカバーすることのできない多くの部分があることは否定し得ないところである。
そうであるとすれば、右各条項によって原告に許諾された本件装置の製造は、<1>本件米国特許権の対応特許権の存在しない諸外国における製造、<2>本件米国特許権の対応特許権の存在する諸外国における製造及び<3>本件米国特許権の対応特許権であるか、又は少なくともこれに準ずる本件出願権の存在する我が国における製造、以上のすべてに及ぶものと解すべきであり、原告の主張するように、このうちの<3>を右許諾の範囲から除外する理由はない。
第三証拠関係<省略>
理由
一 請求の原因1及び3の各事実は当事者間に争いがない
二 本件訴えのうち、本件各納税告知中特例法三条一項の適用によって減縮された税額に係る部分の取消しを求める部分の適否について
源泉徴収による国税については、源泉徴収の対象となる所得の支払をした者は、法令の定めに従って所得税を徴収してこれを国に納付すべき義務を負うところ、その制度の当然の前提として、右の納税義務は、申告納税方式による国税の場合の納税者の申告並びにそれを補正するための税務署長等の更正及び決定や、賦課課税方式による国税の場合の税務署長等の賦課決定のような行為を待つことなく、法令に従って当然に、右の所得の支払の時に成立するものとされ、それと同時に特別の手続を要しないで、納付すべき税額が確定するものとされている(国税通則法一五条一項、三項二号)。一方、納税の告知は、それが同法三六条一項各号に掲げる国税の徴収に際し国税徴収手続の第一段階をなす行為として必要とされ、滞納処分の不可欠の前提となるものであること(同条二項、同法三七条一項、四〇条、国税徴収法四七条以下)からすると、賦課課税方式による場合において国税通則法三二条一項一号に該当する場合を除き、税額の確定した国税債権につき納期限を指定して納税義務者等にその履行を請求する行為であり、その性質は、課税処分ではなく、徴収処分であると解される。しかしながら、源泉徴収等による国税に係る納税の告知は、右のようにして確定した国税債権につきその具体的な数額についての税務署長の意見が初めて公にされる処分であるから、支払者がこれと意見を異にするときは、右税額による所得税の徴収を防止するために、又はこれに従って納付した金員の還付若しくは返還を求めることに関連して、抗告訴訟を提起してこれを争うことができるものと解され、この場合において、支払者は、納税の告知の違法事由として、その前提となる納税義務の存否又は範囲に関する事由を主張することができるものと解される。
そうであるとすれば、納税の告知に対する抗告訴訟において、その違法事由として、納税義務の存否又は範囲に関する事由が主張される場合には、支払者が不服とする納税義務の存在又は範囲について、これに係る税額の徴収を受けることを防止する等の点にその訴えの利益が認められるものと解される。そうすると、納税の告知に係る納税義務の範囲のうち、支払者の意見が納税の告知に示された税務署長のそれと異ならず、支払者によって不服とされ得ない部分については、納税の告知のこれに係る部分の取消し等を求める利益を欠くものと解される。
しかるところ、右一の争いのない事実のとおり、本件各納税告知は、原告の納付すべき税額を、昭和五八年一二月支払分につき一八八二万八〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき一六二三万六〇〇〇円としてされたものであるが、本件各所得税の税率については特例法三条一項が適用されるものであるから、その各税額は、昭和五八年一二月支払分につき九四一万四〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき八一一万八〇〇〇円となり、「租税条約の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令」二条一項の手続が履践されたことにより、本件各納税告知に従って原告がそれぞれ納付した税額(昭和五八年一二月支払分につき一八八二万八〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき一六二三万六〇〇〇万円)から右減縮された後の税額を控除した金額(昭和五八年一二月支払分につき九四一万四〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき八一一万八〇〇〇円)が原告に還付されたものであるから、本件各納税告知中この金額に係る部分はその取消しを求める利益を欠くに至ったものと認められる。したがって、本件訴えのうち、本件各納税告知中右部分の取消しを求める部分は不適法である。
三 本件各納税告知の適否について
そこで、進んで、本件各納税告知中右二に判示した部分を除くその余の部分の適否について検討する。
1 抗弁1(本件各納税告知の適法性)(一)、同(二)(1)のうち本件金員が本件契約上発生するすべての権利利益の対価であるとの点を除くその余の事実、同(2)イの各事実、同(三)の事実中原告が本件各所得税をその各法定納期限までに納付しなかったこと、以上の各事実は当時者間に争いがない。
2 被告の抗弁1は、その趣旨が必ずしも明確ではないが、要するに、原告は、本件金員の支払により、米国内において本件米国特許権の許諾製品を使用し、リースし又は販売するほか、全世界においてこれを製造する権利を取得し、更に、本件契約以前に発生したキュームのすべての請求権から免責され、また、同社が各国に有する特許及び本件米国特許権の外国対応特許を主張されないこととされるなどの権利利益を取得したものであり、本件金員は、これらの権利利益のすべての対価である旨の主張をし、これを前提として、特許使用の各段階のうち最も重要視されるべきは製造行為であるから、本件金員は結局右の対応特許である本件出願権の使用の対価であると認めるべきであるとの主張をするものと解される。
被告の右主張は、本件金員につき、これを、まず、原告が本件契約によって取得した種々の権利利益の総体についての対価として捉えておきながら、一転して、生産に関する特許の使用のうち最も重要視されるのは製造行為であるとの前提を立てて、右前提によれば、本件金員は、専ら、我が国において、原告が本件米国特許権の許諾製品を製造する対価すなわち本件米国特許に対応する特許に準ずる本件出願権の原告による使用の対価であると結論づけるものである。右の論理については、特許権の使用のうち、製造行為が最も重要視されるという前提自体が、十分な論証を経ている訳ではなく、直ちに首肯できるものではないうえに、被告の主張によれば、本件契約において当事者の意思は、本件金員が、原告の右契約によって所得するすべての権利利益の対価とする趣旨であると認めるものであるのに、右意思にかかわらず、特許の使用で最も重要視されるのが製造であるという前提によって、本件金員が専ら我が国における製造の対価であるとされてしまうのは何故であるのかについて、合理的説明がないといわざるを得ないのであるが、これらの点を措くとしても、本件金員について、これが、原告の本件契約によって取得するすべての権利利益の対価である(最も肝要であるのは、本件契約五条(a)の対価でもあるという点であろう。)との主張自体、以下のとおり、これを認めることはできないのである。
3(一) 一般に、工業所有権の許諾契約のような、法律行為等の私法上の行為は、民法、商法等の実体私法の規律に服するものであり、そこから生ずる所得も、その定める要件を充たすことによって発生するものであるから、右所得に対する課税のため租税法規をこれに適用するについても、実体私法が適用されることによる法律効果をそのまま承認することを要するものというべきである。そうであるとすれば、右のような私法上の行為が課税の要件とされている場合においては、特段の事情のない限り、実体私法を適用すれば右行為の存在が認められるかどうかという見地から認定すべきであり、とりわけ、それが、契約等の法律行為であって、これを行う私人の意思を要素とするときは、右契約等の具体的な内容に照らして、これを行う私人の合理的意思を探究して認定すべきである。
(二) このような見地から、以下、本件金員が右の権利利益のすべての対価であるかどうかにつき検討する。
前記1の当事者間に争いのない事実及び成立に争いのない甲第一号証によれば、本件契約上ロイヤルティについては、以下のように規定されていることが認められる。
(1) キュームは、本件契約に定めるロイヤルティの支払を条件として、原告らに対し、許諾特許に基づき、シルバー精工インパクト装置(本件装置)を世界中で製造し、又は製造させ、かつ、シルバー精工ロータリー・ホイール・インパクト・プリンター及びタイプライターを米国において販売等する非専属的・限定的権利を付与する(二条)。
(2) 米国内で販売等する目的で米国に輸出かつ輸入するためにシルバー精工が販売したシルバー精工インパクト装置について、本件契約で規定する条件に基づき、単一のロイヤルティが、支払われなければならない。シルバー精工の関連会社による右目的での販売も同一に取り扱うが、米国外への積換えのため米国内に「保税」で入ったものについては、ロイヤルティは発生しない。本件契約の下で行われる支払は、この契約書に基づく、シルバー精工に関するUSITC訴訟の終結と、許諾特許に関する両当事者間の未解決のすべての紛争の解決に対する対価である。シルバー精工は、今後キュームに対し、インパクト装置等の機種ごとに定められた割合(一ないし三パーセント)をその正味販売価格(七条においてその意義を詳細に規定している。)に乗じた金額のロイヤルティをキュームに対して支払っていくが、五七万米国ドルをその前払金として支払い、右金額を加え合計七六万米国ドルを二回に分けて支払う。この金員は返還されない(六条)。
(3) 本件契約によるライセンス期間中、シルバー精工は、キュームに対し、米国向けに輸出したインパクト装置の全数量、正味販売価格等を報告し、これに従って計算されたロイヤルティをキュームの口座に振り込む(八条)。
(4) シルバー精工の右ロイヤルティ支払義務は、クレームが無効とされた時は、機種ごとの定めに従って、停止され、又は減額される(一六条)。
以上の規定によれば、本件金員中五七万米国ドルについては、本件契約後原告が米国内で販売等する目的で米国に輸出かつ輸入するために販売する本件装置のロイヤルティの前払であることが明らかであり、その余の金員も、右五七万米国ドル程にはその趣旨が明らかではないものの、本件契約による、原告に関するUSITC訴訟の終結と、許諾特許に関する両当事者間の未解決のすべての紛争の解決に対する対価であることは、契約上疑問の余地がない。そして、被告が問題とする同契約五条については、キュームがこのような義務を負うことと、本件金員の支払とに対価関係があることを窺わせるような規定は見当たらない。前掲甲第一号証によれば、同条(b)において、原告及びその関連会社は、その所有し、又は支配し、かつ、ロータリー・ホイール・インパクト・プリンター及びロータリー・ホイール・インパクト・タイプライターの製造、使用又は販売のために昭和六三年一一月一七日以前に出願したあらゆる国における特許についてキューム及びその関連会社並びにそれらの販売代理店、ディーラー、代理人及び顧客に対し、何らの主張をしないと規定されて、原告も、キュームに対し、同様の義務を負うものとされていることが認められるのであり、一般に、双務契約において、一方の当事者が他方に対しある権利を有し、又は義務を負い、他方の当事者も、右の一方の当事者に対し、これと同一の又は対向的な内容の権利を有し、又は義務を負うことが約定された場合においては、一方の当事者の有し、又は負う権利義務は相互に他方のそれの対価となる関係に立つものと解するのが契約当事者の合理的な意思に合致すると考えられる。右の五条(a)、(b)につきこれをみると、これらの約定は、それ自体対向的な内容の権利義務を発生させることからしても、契約の体裁上同一の条文の各項に並んで定められていることからしても、これに係る権利義務自体が相互に他方の対価となるものと認めるのが相当である。そうすると、本件契約において、本件金員が同契約五条(a)の義務を含めて同契約上発生するすべての権利利益の対価であるとされているものでないことは明らかであるといわなければならない。
4 被告は、本契約において、本件金員が何の対価であるかが右のとおり明らかにされているのにかかわらず、これと異なる主張をするのであるが、そのような主張は、結局、本件契約において、当事者が、これを締結する目的に即し、経済的実質に忠実にその契約条項を定めれば、本件金員が我が国内に源泉のある所得であることとなり、キュームが我が国に対し所得税を負担することとなるので、これを回避するため、敢えて締結する目的を離れ、経済的実質に背いた契約条項を定めたという場合にのみ成り立つものというべきである。本件がそのような場合であるとされるためには、原告とキュームとの紛争が、真実は、我が国における原告による本件装置の製造に関して発生したものであって、当事者の交渉は、これが、キュームのもつ本件出願権に抵触するかどうかという観点から行われ、米国におけるその販売等は、これから派生する事態に過ぎないと意識されていたような場合でなければならないものと考えられる。しかし、前記一の争いのない事実のとおり、本件紛争当時、キュームが我が国において有する権利は、未だ出願公開段階であったのに過ぎないのであり、本件契約の文言からみても、本件契約に至る紛争は、本件装置の米国における販売等であったことが窺われるから、右のような被告の主張は、一見して、本件には妥当しないのではないかと考えられるのであるが、事実の認識に係ることであるから、以下、その採用の可否について、証拠により、検討する。
(一) 前記一の争いのない事実に、前掲甲第一号証、成立に争いのない甲第八、第一七、第三三、第三八号証、証人佐々木三郎の証言により成立を認め得る甲第三五号証、証人江尻隆の証言により成立を認め得る甲第三九ないし第四二号証及び右各証言を総合すれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件契約前文Fには「キュームとシルバー精工は、シルバー精工に関するUSITC調査番号三三七―TA―一四五を終結させ、一二九特許に関する両当事者間の全ての未決の紛争を解決するため本契約書を締結することを希望する。」との記載がある(USITC調査番号三三七―TA―一四五とは本件ITC訴訟を、一二九特許とは本件米国特許権をそれぞれ指す。)。本件契約は、そこにいう「許諾特許」を本件米国特許権と定義した上(同契約一条(a))、前文や用語の定義をする条項を除いた実質的な条項の冒頭において、キュームは原告がこれを実施することを許諾する旨を約定している(同契約二条)。また、同契約は、本件米国特許権が有効に存続する限り存続するものとされている(同契約一一条)。他方、本件米国特許権の特許請求の範囲に属するクレームが、管轄権を有する米国連邦裁判所、仲裁又はITCの判定によって無効とされた場合においては、同契約六条(a)に基づく使用料は、無効とされたクレームに応じて減額され、又は停止されるものとされている(同契約一六条)。
(2) 原告を含む、我が国のタイプライター、プリンター製造業者は、米国市場においてプリンターの販売を拡大したため、それまで同国における有力なプリンター製造業者の一であったキュームは、その一九八二年(昭和五七年)末における米国市場占有率が約三五パーセントに下落した。我が国の業者の進出による自らの市場占有率の低下を懸念したキュームは、一九八三年(昭和五八年)三月ITCに、右業者のプリンター製品の同国への輸入、販売は本件米国特許権を侵害するものであるから、右輸入は不公正な競争であり、同国国内の産業に実質的な損害を与えていると主張して、同国関税法三三七条に基づき、右プリンター製品の輸入の差止めを求める訴えを提起し、更に、同年六月原告、ブラザー工業株式会社及びキャノン株式会社に対して、同旨の訴え(本件ITC訴訟)を提起した。
原告は、キュームの主張する侵害の事実はなく、右争訟が純粋な訴訟であるならば十分これに勝訴することができると判断していた。しかし、そもそもITCはいわゆる独立行政委員会であり、そこにおける争訟は、米国の産業に対する侵害と認められる行為につき、損害賠償を命じ、又は右行為を差し止め、もって、公益的な見地から同国産業を保護することを目的とするものであって、特許権のような私権の存否やこれに対する侵害の有無をそれ自体として争う手続ではなく、手続の実際をみても、純粋な特許訴訟のそれとは異なり、米国行政手続法の定めに従い、きわめて短い期間内に答弁書を提出し、証拠を開示することを求められる一方、ITCは、調査開始から原則として一二か月以内に(事件が複雑な場合にあっては一八か月以内に)調査を完了し、決定をすることとされているものである。そこで、原告は、手続が右よりも長引いた場合には、米国弁護士に対し莫大な額の報酬及び費用の支払を余儀なくされるものと予想した。また、当時はいわゆる日米貿易摩擦の激化に伴い、我が国のメーカーに対するITCへの争訟提起が相次いでいた。他方、原告においては、米国に向けて輸出される製品は全製品の約四分の一を占める有力な商品であったため、原告が万一本件ITC訴訟に敗訴して右製品の米国への輸入が差し止められる事態となれば、原告は、きわめて大きな影響を被るものと判断した。そのほか、我が国の他の業者には、強硬にキュームとの和解を拒否する者はなく、ひとり原告のみがこれに固執する合理的理由はないとも判断するに至った。
原告は、右のような事情を考慮し、それ以上の費用の負担と敗訴の危険を避けるため、昭和五八年一〇月二五日、二六日にキューム側と交渉した上、キュームの和解申入れを受け入れることとし、同年一一月一七日本件契約を締結した。
(3) 右契約締結に向けた交渉においては、原告側は、キュームの要求する支払金額があまりに高額である場合は格別、キュームと和解して本件ITC訴訟を取下げによって終了させることと、和解に際してキュームに支払う金銭の額を、右争訟に応訴した場合に要する費用や許諾製品を将来にわたって米国内において販売し得る場合に得られる利益と比較して低廉なものとすることとを主たる目的としてこれに臨んだ。実際に交渉は、主としてキュームに対する支払金額を巡って行われ、契約条項は、キュームが既に同趣旨の契約を締結していたブラザー工業株式会社に対し、本件契約二三条のような条項を約定していたことから、これと同一の案文に依拠し、ただ許諾製品の名称や、支払金額及びその期限といった事項のみを補充するという方法によって作成された。
右交渉に際し、キュームとの間では、我が国におけるキュームの工業所有権の存否、とりわけ我が国においてキュームが本来米国特許権の対応特許権を有するかどうかといった事柄は全く協議の対象とならなかった。
(4) 右交渉において、本件契約に基づく支払金については、キューム側から、過去に原告がプリンター及びタイプライターを米国に輸出したことを巡る紛争の解決に係る支払金を二三万米国ドルとし、将来の本件米国特許権実施に係る支払金を五七万米国ドルとし、以上合計八〇万米国ドルを原告は一時に支払うこととする一方、将来の本件米国特許権実施については原告の製品ごとに、それが本件米国特許権の特許請求に属する各クレームのうちのいずれを実施するかに応じて各製品の正味販売価格に一定の割合を乗じた金額のランニングロイヤルティを支払うこととし、右五七万米国ドルはその前払とするという趣旨の提案がされた。原告は、予め過去に米国に輸出したプリンター及びタイプライターを調査し、これを基礎として本件米国特許権の使用料の目途額を概算していたので、右二三万米国ドルという金額とこれとを比較し、また、本件ITC訴訟を現実に追行した場合の費用の見込額や、ブラザー工業株式会社の妥結した支払金額として聞き及んでいたところとも比較衡量し、更に、将来分の実施料については、原告において本件米国特許権に係る発明を技術的に回避することが可能となるか、又は右発明が陳腐となるまでの間は引続き製品を米国に輸出し、販売することが得策であるとの判断をした上で交渉を遂げ、結局、右二三万米国ドルを一九万米国ドルと減額することとしたほか、キュームの右提案を受諾して、本件契約の締結に至った。そして、本件契約上、ランニングロイヤルティは右のように定めた上、右五七万米国ドルをその前払として、その旨の明文の条項(同契約六条(b))を置くこととし、そのうち現実に発生したランニングロイヤルティに当てられることとなる金額を計算するため、原告が米国内に輸出し本件装置の数量や正味販売価格等をキュームに報告する(同契約八条)とともに、その記録を保存することとした(同契約九条)が、他方、右一九万米国ドルについてはその性質を明示することはされなかった。
以上の事実が認められる。証人佐々木三郎の証言中には本件金員については和解金を支払ったつもりであるとの趣旨の右認定に反するかのような供述部分があるが、これは、その前後の供述の趣旨からして、原告の製品が本件米国特許権を侵害していないという趣旨の、原告側の交渉開始前には唱えていたが現実の交渉においては殆ど展開しなかったと認められる主張を前提とした上で、本件契約の内容や交渉経緯を離れて同証人の主観的な理解を述べたものというべきであるから、右認定を妨げるものではない。
(二) 前記一の争いのない事実及び右(一)の各認定事実によれば、本件契約の趣旨は、原告のプリンター及びタイプライターの米国への輸入及び同国内における販売を巡り、原告・キューム間において発生した本件米国特許権に関する紛争について、キュームは原告に対し本件米国特許権の過去及び将来の侵害の差止め並びに右侵害による損害賠償を求める争訟を提起しないことを約し、原告がキュームに対し本件米国特許権の過去及び将来の使用についての対価を支払うことを約し、もって、右紛争を解決するというところにあるものと認められる。証人佐々木三郎の証言中の右部分が右認定を妨げるものでないことは、右(一)に判示したところと同様である。
(三) 以上認定した事実によれば、本件契約は、原告及びキュームにおいて、その当時の両者間における紛争を解決するため、これを締結する目的に即し、経済的実質に忠実にその契約条項を定めたものと優に認めることができるのであり、被告の主張は、この点の事実の認定に関する部分において、既に採用できないといわざるを得ない。
5(一) 被告は、原告は本件契約締結当時本件出願権の存在を知っていた旨の主張をし、これを前提として本件金員が専ら本件米国特許権実施の対価であるとはいえない旨の主張をする(原告の主張に対する被告の認否及び反論4)。
証人佐々木三郎の証言によれば、本契約当時原告の技術部門の従業員が本件出願権の存在を知っていたこと、同契約締結に向けた交渉に関与した者の中にもこれを知っていた者があることが認められる。しかして、契約を締結する際には、相手方から主張され得る権利が他にも存在しており、かつそのことを認識していれば、これをも念頭に置いてこれに関する法律関係についても約定するのが通常であろう。しかしながら、右4(一)の各認定事実によれば、本件契約の締結に向けた交渉は、右に認定した目的、手続によるITC争訟を提起された原告が、その判決を受けた製品の米国への輸出ができない結果となることを最も危惧し、そのような事態を避けることに最大の関心と努力とを傾注してこれに臨んだことが認められ、このような事実に照らせば、当時原告の同契約締結の担当者の中に本件出願権の存在を認識していた者があったからといって、これが同契約の締結に際し考慮されたものと認めることはできないというべきである。
(二) 被告はまた、本件金員は、右ランニングロイヤルティの部分(五七万米国ドル)を含め返還されないこととされているから、米国内における販売数量を基礎としたといってもそれはロイヤルティの額の算定の便法に過ぎないとも考えられるから、これをもって本件金員が本件米国特許権の対価であることの根拠とすることはできない旨の主張をする(原告の主張に対する被告の認否及び反論2)。
右主張のとおり、前掲甲第一号証によれば、本件金員は、本件ITC訴訟が終了しない場合を除き返還されないものとされていること(本件契約六条(b))が認められる。しかしながら、右五七万米国ドルが、ランニングロイヤルティが現実に発生するにつれて逐次これに充てられるものとされていることは右4(一)(4)に認定したとおりであり、他方、後日の清算の手数を省く等の考慮から前払金の一部について支払者にこれを返還すべき事由が生じてもなおこれを返還しないこととされることは、各種の契約において往々見受けられるところであるから、本件契約においてもそのような約定がされているからといって、右五七万米国ドルが本件米国特許権実施に係るランニングロイヤルティの前払金としての性質を失うものではなく、右主張は採用することができない。
(三) 被告は更に、原告は、許諾製品を製造し、これを米国に輸出、販売することによって、本件出願権と本件米国特許権との双方を使用するのであるから、本件金員は観念的には右各権利の使用に係る部分に分かれるものであるが、その合理的な区分は困難であるところ、特許の使用の各段階のうちでは製造が最も重要視されるべきであるから、本件金員の全額を製造段階における本件出願権の対価であると認定することは合理的である旨の主張をする(原告の主張に対する被告の認否及び反論2)。
しかしながら、右主張が、本件金員のうちに本件出願権の対価の部分が現実に存在するとの趣旨であるとすれば、これが専ら本件米国特許権の対価であることは前記3(二)に認定判示したとおりであるから、採用することはできない。
また、右主張が、本件金員が、その中に本件出願権の対価の部分が現実に存在せず、本件米国特許権の対価に尽きるものであるとしても、原告の行う許諾製品の製造からその輸出、販売に至る過程を客観的に観察する限り、本件金員の一部は本件出願権の対価と見るべきであると主張するものとすれば、前記3(一)に判示したとおり、契約等の法律行為が課税要件事実とされる場合においては、その認定は、原則として、実体私法適用の前提として認定をする場合と変わるところなく、その行為をした私人の合理的意思を探究してすべきであるところ、右主張は、これと反対に、結局、問題とされる契約等の行為をした私人の合理的意思を離れ、行為当時の客観的な事実関係の下で法律上行われる可能性のある行為のうちから一定の理論的な観点に副ったものを取り出し、これを認めることを合理的であるとするものというほかはないから、特許の使用の各段階のうち製造を最も重要視すべきであるとする点の当否はともかくとしても、これを採用することはできない。
6 乙第七号証の二(一橋大学法学部助教授中里実の調査研究報告書写し)には、被告の主張を概ね裏付ける法律上の意見が記載されている。しかしながら、原本の存在とその成立につき争いのない同号証の一(「調査研究報告の依頼について」と題する書面写し)によれば、右調査研究報告書は国税庁直税部長の依頼に応じた調査研究の結果を報告した文書であること、右依頼に係る鑑定事項(調査研究事項)のうち、一は、「アメリカ法人が、アメリカ及び日本においてA特許権を有する場合に、日本法人が右特許権の使用許諾を得て日本で当該特許を使用して製品を製造し、右製品をアメリカで販売するときに支払う特許権使用料の所得源泉地が、全額日本にあるとして行う課税上の取扱いの適否」というものであり、二は、「一の事例において、日本における特許権が未だ出願公開後出願公告前の段階にあり、かつ、右出願権の権利範囲がA特許権のクレームの一部に過ぎないとき、許諾契約に基づき支払われる金額の全額につき、日本に所得源泉地があるとして行う課税上の取扱いの適否」というものであり、これらの事項は、その文言上そこにいう特許権使用料が米国の特許権とわが国の特許権との双方に対するものであることを前提とすることが明らかであるところ、前記3(二)に認定判示したとおり本件金員は専ら本件米国特許権実施の対価というべきである以上、右調査報告書記載の意見中、これと異なる事実を仮定する右各事項に対する部分は、右に認定したところと前提を異にするものであるから、以上の判断を左右するものではない。
また、右鑑定事項(調査研究事項)三は、「二の事例において、契約上、使用料の全額がアメリカにおける販売にかかる特許権の使用の対価であるとされている場合であっても、その全部につき日本に所得源泉地があるとして課税することは適法か」というものであり、これに対する右調査報告書記載の意見中には、契約の文面上使用料の全額が米国における販売のライセンスの対価とされているからといってそれをそのまま認める必要はなく、契約解釈、事実認定の問題として契約条項を合理的に修正することも許されるべきであり、その際には、我が国において製造をする者が米国における販売者から再実施権料の支払を受けるという商慣行は存在しないことを重視すべきであるという趣旨の記載がある。しかしながら、右記載にいう契約条項を合理的に修正することが、そのような契約が課税を回避するために敢えて締結の目的を離れた、その経済的実質に背くものである場合に真実の法律関係に従った事実の認定をすべきであるということを超え、右の商慣行が存在しないといった一般的な観点を設定し、必ずこれに副った事実の認定をすべきであるとの趣旨であれば、前記3(一)及び右5(三)に判示したところに照らし、採用し難い。
7 そうすると、被告の抗弁1は理由がないことに帰するから、本件各納税告知中前記二に判示した部分を除くその余の部分が適法であるということはできない。
四 本件各賦課決定の適否について
1 本件各賦課決定は、本件各所得税の税額が昭和五八年一二月支払分につき一八八二万八〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき一六二三万六〇〇〇円であるとしてこれに基づいて計算した額の不納付加算税を賦課するとしてされたものである。しかるところ、前記二に判示したとおり、本件各所得税の税率については特例法三条一項が適用されるものであるから、その各税額は、昭和五八年一二月支払分につき九四一万四〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき八一一万八〇〇〇円となる。したがって、本件各賦課決定中、所得税の額(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数金額を切り捨てた金額)を昭和五八年一二月支払分につき九四一万円、昭和五九年四月支払分につき八一一万円として計算した額を超える各部分は、この点において既に適法とすることができない。
2 右三によれば、原告は、本件各所得税に係る徴収納付義務を負わないこととなるから、原告が右義務を負うことを前提とする本件各賦課決定中右1の額を超えない各部分も、適法であるということはできない。
五 結語
以上によれば、本件訴えのうち、本件各納税告知中納付すべき税額昭和五八年一二月支払分につき九四一万四〇〇〇円、昭和五九年四月支払分につき八一一万八〇〇〇円に係る部分の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下することとし、原告のその余の訴えに係る請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中込秀樹 榮春彦 長屋文裕)
別表
(区分)
(昭和年月日)
(支払金額 円)
(税額 円)
<1>
納税告知
60・6・29
昭和58年12月支払分
九四、一四〇、〇〇〇
昭和58年12月支払分
一八、八二八、〇〇〇
昭和59年4月支払分
八一、一八〇、〇〇〇
昭和59年4月支払分
一六、二三六、〇〇〇
<2>
賦課決定
60・6・29
昭和58年12月支払分
一、八八二、〇〇〇
昭和59年4月支払分
一、六二三、〇〇〇
<3>
異議申立て
60・8・29
いずれも○
いずれも○
<4>
同決定
61・1・20
(棄却)
<5>
審査請求
61・2・29
いずれも○
いずれも○
<6>
同裁決
63・7・4
(棄却)